学生時代 と 学友 



1.日本大学芸術学部時代と私の作品

日大芸術学部は、西武池袋線の池袋から四っ目ぐらいの江古田駅にあります。
電車が江古田に着く前に右側の目の前に見える建物がそうです。
私は昭和51年(1976)から昭和55年(1980)まで写真学科にいました。
同時代で同じように日大芸術学部の学生だった芸能人は、真田広之、伊藤蘭、神田正輝,、内藤剛などです。
私は、ほんとは、映画学科の撮影コースに入りたかったんですが、入学試験に落ちてしまいしかたなく?写真学科に入学しました。1年の時の先生は篠山紀信と同期の浜中先生、2年は弓削先生、3・4年は大山ゼミでした。写真も嫌いではなかったです。高校時代は写真同好会でしたし、中学の頃に、すでに写真の現像から引き伸ばしまでこなしていました。
中学生で写真のDPEをしていたのは、天体写真を撮っていたからです。天文クラブでした。
天体望遠鏡はミザールというメーカーの経緯型の8.5センチの反射望遠鏡でした。
きれいな天体写真を撮るためには、周辺光量やコマ収差の少ないレンズや、フィルム感度の特性曲線の理解や、相反則不軌のないフィルム増感現像法(現像薬品の調合)など、機材と感材の極限の性能を発揮させる知識がないと夜空の星は写ってくれません。
そういう意味では、中学で実務的な写真作業身は既に身についていたと思います。
自宅の押入を暗室にして、オレンジの安全光の下で酢酸の臭いにまみれながら、青い四つ切りのバットの現像液の白い印画紙の中から画像がフワーっと浮かび上がってくる瞬間。あれがいいんですよね。
その感触から離れて、すでに30年近くがたちました。

そのころ撮影したものは、引っ越しのたびに減りはしたものの、捨て難く、今の私の住まいの片隅にあります。一つだけこの場で紹介させていただきます。下の写真をクリックしてみてください。



2.学生時代の友達へのホームページリンク


    ● 東京ディズニーリゾートの近くでかわいい写真館やってる篠田くんです

    ● 慶応大学を蹴って映画学科に入学したガッツなヤツ映画監督 :石井聰亙

    ● 当時の写真学科の中では芸術的才能が抜きん出ていた  写真家:大坂寛




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